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足利市クリスマス殺人事件(1992年12月)

1992年12月25日午前10時40分ごろ、栃木県足利市瑞穂野町の国道50号沿いにある「みどり屋食堂」の道路反対側にある旧食堂兼住宅で、宮尾真理子さん(当時28歳)が建物南側6畳間の布団の中で死んでいるのを訪ねて来た宮尾さんの父親が発見し、110番通報した。

宮尾さんは発見時パジャマ姿で、首にパンティーストッキングが巻かれていた。死因は窒息死で、死亡推定時刻は25日午前0時ごろから午前6時ごろまでの間とみられる。パジャマのボタンが取れ、手の爪の間には首を絞められた時に喉をかきむしって付いたとみられる宮尾さん自身のAB型の血痕があった。室内には干してあった洗濯物が散乱しており、犯人の土足の足跡が残されていた。

電灯はついておらず、南側窓ガラスの鍵周辺が道路工事用の直径10cmの砕石で割られており、鍵が開けられていた。室内が物色された形跡はなく、ソファの上に置いてあったハンドバックと中にあった現金約6千円は手つかずのままだった。犯人は割った窓から侵入し、就寝中の宮尾さんを突然襲ったとみられる。

宮尾さんは普段父親が経営している食堂で午前8時半ごろから午後11時ごろまで手伝いをしていた。前夜の24日は午後9時ごろまで仕事をした後、両親と従業員ら5人でクリスマスパーティーをし、午前0時ごろ旧食堂に戻った。しかし翌朝の9時ごろになっても食堂に姿を見せないため、父親が様子を見に行ったところ宮尾さんが倒れているのを発見した。

「みどり屋食堂」は8年ほど前、宮尾さん一家が当時住んでいた旧食堂で開業。ドライバーを主な客にして、おにぎり弁当やカレーライスを提供し繁盛していた。2年前、道路反対側に新食堂兼住宅を新築した。宮尾さんは当初、母親と一緒に旧食堂に住んでいたが、1992年11月上旬から母親が新食堂に移り住んだため、旧食堂に1人で住んでいた。

現場は足利市の中心部から南へ約10キロ離れた群馬県との境。トラックなど1日約3万1000台の交通量がある国道50号が東西に走る農村地帯。交通量は多いが市街地からは離れており、周囲には他に人家もなかったという。

旧食堂は約6年前の1987年1月24日夜に空き巣被害に遭っていた。この時は隣室の4畳半のガラス戸がドライバーのようなもので破られ、現金26,500円入りの財布、預金通帳、キャッシュカードのなどの入ったセカンドバッグが盗まれた。その後、現金を除いたバッグが群馬県桐生市内の山林で見つかっているが、犯人は捕まっていない。

捜査本部は6年前の空き巣事件とは侵入の手口などは違うものの、今回の事件も盗みに入った犯人が宮尾さんに気づかれて殺害した可能性が大きいとみる一方、宮尾さんが1人暮らしだったため、いたずら目的の犯行との見方も捨てておらず、怨恨などの線も含め多角的に捜査。しかし目撃情報が少なく遺留品も残されていないことから捜査は難航。2007年12月25日に時効が成立した。



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